12月6日/
◆<女郎花 二花を手折りて 胸に抱く >
・ネット「銕仙会 能楽事典」より
| 前シテ | 老人 | 面:朝倉尉など 着流尉出立(老人の扮装) |
| 後シテ | 小野頼風の霊 | 面:邯鄲男など 風折狩衣大口出立(高貴な男性の扮装) |
| ツレ | 頼風の妻の霊 | 面:小面など 唐織着流女出立(一般的な女性の扮装) |
| ワキ | 旅の僧 | 着流僧出立(一般的な僧侶の扮装) |
| 間狂言 | 所の者 | 長裃出立(庶民の扮装) |
概要
旅の僧(ワキ)が男山を訪れると、女郎花が美しく咲いていた。一つ手折ろうとすると、花守の老人(前シテ)が現れ、古歌を引いて咎めるので、僧も古歌を引いて応酬し、二人は風流な歌問答を交わす。所の古歌をよく知る僧に対して、老人は特別に手折ることを許し、二人は石清水八幡宮に参詣する。その後、老人は男塚・女塚という古墳へと僧を案内すると、そこに葬られている夫婦の霊の供養を頼んで姿を消す。僧が弔っていると、小野頼風(後シテ)とその妻(ツレ)の夫婦の霊が現れ、生前夫を恨んだ妻が自殺したこと、その妻の墓から一輪の女郎花が咲いたこと、頼風も妻の後を追って自殺したことなどを明かす。頼風は、恋の妄執ゆえに死後地獄に堕ちたことを述べ、僧に救済を願うのだった。
ストーリーと舞台の流れ
1 ワキが登場し、自己紹介をします。
京都の南の郊外、男山。石清水八幡宮の鎮座する、古くからの名所である。
その男山へとやって来た、一人の旅の僧(ワキ)。肥前国松浦出身のこの僧は、故郷の宇佐八幡宮と同一体とされる石清水八幡宮に参拝しようと、男山をのぼってゆく。
見ると、野辺には美しい女郎花の花が咲き乱れていたので、僧は一つ手折ろうとする。
2 前シテがワキに声を掛けつつ登場し、二人は言葉を交わします。
そのとき、一人の老人(前シテ)が僧に声を掛けた。「その花を折ってはならぬ。夫婦の変わらぬ愛を契るという花。ましてこれは男山に咲く女郎花…。手折ってはなりませぬ。」
老人は、この辺りの花守であった。花を手折ろうとする僧と、手折らせまいとする老人。二人は古歌を引きつつ、なおもこの花をめぐって言葉を交わす。「…このお坊様は、この地にちなむ古歌をよくご存じだ。それに免じて、一つ手折ることを許しましょうぞ。」
3 シテはワキを石清水八幡宮に案内します。
老人は、この男山の上に住む者であった。彼は僧を石清水八幡宮へと案内する。
参道を流れる放生川には、放生会で放された魚たちが悠々と泳ぎまわり、八幡宮の繁栄ぶりを表している。ちょうど今日が、その放生会の日。月の澄んだ光が男山を照らし、山々の紅葉も美しく照り映える。霊験あらたかな、神の聖域。
4 シテはワキを男塚・女塚へと案内し、自らの正体を仄めかして消え失せます(中入)。
参詣を終えたのち、老人は僧を、山の麓にある男塚・女塚へと案内する。
「男山の女郎花というのも、この塚にまつわる故事。この二つの塚には、とある夫婦が葬られている。女は都の人。男はこの男山に住む、小野頼風という人物。昔語りは憚られるが、そうはいっても、せっかくお坊様に出逢えたこの機会。是非とも弔って欲しい。実は、かく申す私こそ…」 そう語ると、老人は夢のように消えてしまったのだった。
5 間狂言がワキに物語りをし、退場します。
そこへ、男山に住む男(間狂言)が現れ、僧の尋ねにこたえて男山のいわれを語る。先刻の老人こそ小野頼風の霊であったと確信した僧は、供養のため、ここに留まることにした。
6 ワキが弔っていると、後シテ・ツレが現れ、ワキに昔物語を語り始めます。
僧が弔っていると、二つの人影がおぼろけに現れた。「私達こそ、その昔の女郎花の夫婦。お弔いの有り難さよ…」 二人は、小野頼風(後シテ)とその妻(ツレ)の幽霊であった。
妻は、その昔の出来事を語り始める。「都に住んでいた私は、頼風と契りを交わしていましたが、少し障りがあって頼風が来なくなったのを心変わりと思い込み、都をさまよい出て、この放生川に身を投げたのです…。」
7 シテ・ツレは物語を続けます。
頼風は続ける。「それを聞いた私は驚き騒ぎ、急いでやって来て見ると、そこにあったのは冷たくなった彼女の姿…。泣く泣く亡骸を取り上げ、この山の麓に埋葬したところ、その墓に、一輪の女郎花が咲きました。わが妻の生まれ変わりかと思えば慕わしく、立ち寄ろうとしましたが、私を恨む心ゆえか、近づく私を避けるように、風に靡くのです…。」
『古今集』に書き遺された「女郎花のくねる」の真意。今明かされる、悲しい昔の物語。
8 シテはなおも述懐を続けます。
――私を避ける、女郎花の花。それを見たとき、私は、亡くなった彼女の無念を悟りました。彼女が身を投げ、水の泡と消えたのも、全ては私ゆえのこと。そこで私は彼女の後を追い、同じくこの川に身を投げたのです…。
同じく埋葬された頼風。こうして、妻の墓は女塚、頼風の墓は男塚と呼ばれたのであった。
9 シテは、執心の〔カケリ〕を舞い、救済を願いつつ消えてゆき、この能が終わります。
「ああ、この世の恋しいこと…。恋の妄執ゆえに死んだ私は、その執心ゆえに地獄に堕ちて苦しむ身となりました。抑えることのできぬ自らの心が、この身を苦しめてゆく…」
頼風夫婦の夢。それも女郎花が咲くのと同じ、たった一時のこと。極楽の花の台を願いつつ、夫婦の霊は消えていったのだった。
みどころ
本作は、『古今和歌集』およびその中世における注釈書に基づいて作られた能です。
紀貫之によって書かれた『古今和歌集』の「仮名序」という序文には、次のような一節が登場します。
松虫の音に友を偲び、高砂・住吉の松も相生のやうに覚え、男山の昔を思ひ出でて、女郎花の一時をくねるにも、歌を言ひてぞ慰めける。
この一節は、人々が折に触れ和歌を詠んでは心を慰めていたことを、さまざまな古歌の詠まれたシチュエーションを例示(「松虫の…」「高砂住吉の…」「男山の…」「女郎花の…」)することで示したものとなっています。ところが、この文意は中世頃になるとよく分からなくなってしまったようであり、この「松虫の…」「高砂・住吉の…」「男山の…」などの故事が何を指すものなのかも分からなくなってしまったようです。そういった事情から、これらに対応するお話が新たに作られてゆき、「『松虫の音に友を偲び』とはこのような故事なのだ、『高砂・住吉の松も相生のやうに覚え』というのはこのようなお話なのだ」という風に、『古今和歌集』仮名序の注釈という形でさまざまな物語が成立してゆきました。「松虫の音に友を偲び」にまつわる物語は能〈松虫〉の、また「高砂・住吉の松も相生のやうに覚え」にまつわる物語は能〈高砂〉の、それぞれの典拠となっています。
そして、本作の上記「6」~「8」の場面で語られる故事もまた、この『古今和歌集』仮名序の「男山の昔を思ひ出でて、女郎花の一時をくねるにも」という一節に対する注釈の中に登場する、中世の物語となっています。すなわち、和歌の聖典ともいうべき『古今和歌集』の秘話を舞台化したものが、本作となっているのです。
本作のように、恋仲である男女の霊が現れ、生前の二人の関係を語り、恋の妄執によって死後苦しんでいることを告げるという能には、他に〈船橋〉 〈錦木〉などがあります。この〈船橋〉や〈錦木〉では、後シテ(男の霊)は黒頭というボサボサの仮髪をかぶり、縷水衣という装束を身につけ、いかにも妄執を抱いた亡霊という扮装で登場しますが、これに対し本作では、黒垂という長髪の仮髪をかぶり、その上に風折烏帽子をつけ、狩衣という装束を身にまとって登場します。それゆえ、亡霊という印象のつよい〈船橋〉や〈錦木〉と比べ、本作の後シテは風雅な印象を与えるものとなっています。
愛しあう二人のすれちがいから起こった悲劇が、野辺に咲いた一輪の女郎花に託され、風雅な男性の幽霊によって語られる…。恋の妄執を描きつつも、それを可憐な花のイメージとして昇華させた、情趣ある作品となっています。
(文:中野顕正)