日別アーカイブ: 2021年11月1日

謡曲「朝長」

11月2日/

◆<朝長の 最期看取るや 美濃の宿>

・源義朝の次男・朝長は平治の乱に敗れ落ち行く途中、美濃国・青墓の宿で自害。

・嵯峨・清涼寺の僧(朝長の乳母子)は霊を弔いに青墓を訪れ、宿の女長者と邂逅。

・長者は宿を貸した縁で朝長を弔っていた。共々弔い旅僧は朝長の最期を尋ねる。

・膝を射られていた朝長は決意の自決。父は悲嘆に沈んだと。長者の宿での夜・・・。

・旅僧が、朝長が尊んだ観音懺法せんぼうで弔い始めると、朝長の亡霊が現れ弔いを謝す。

・世は無常・・・朝長は修羅を示す甲冑姿で己の最期の様を語り、弔いを頼み消える。

・『平治物語』が題材。朝長の死の他は創作とされる。平治の乱は1159(平治元)年。


・「朝長」「実盛」「頼政」の3作は”三修羅”。本作は前シテと後シテが別人の点に注目。

謡曲「藤戸」

11月1日 

◆<藤戸の浜 波に般若の 経を聞く>

・源平合戦に勝った源氏の武将・佐々木盛綱の ”所業” にまつわる話が題材の曲目。

・備前国児島の藤戸の合戦。馬で海を渡り功を挙げ児島を拝領した盛綱だったが。

・春の朝、盛綱は領地へ。「訴訟ある者はないか」と発すると一人の老婆が現れた。

・我が子を殺したと咎められシラを切る盛綱だったが、追及されついに告白・・・。

・源氏の戦陣藤戸から敵方へ、海を馬で渡れないか盛綱は地元の若い猟師に聞く。

・浅瀬となる日時を聞き出し不憫だがと、他言を恐れ殺して海に沈めてしまった。

・子を返せと半狂乱の老婆をなだめ、盛綱は漁師を回向するからと家に帰らせた。

・盛綱が藤戸の海辺で管弦講を催し般若経を読誦すれば、漁師の亡霊が姿を現す。

・亡霊は、妄執深く藤戸の悪龍の水神と化して恨みを晴らそうと来たと語るが・・・。

・回向してもらったことに心を許したように彼岸に至って成仏得脱の身となった。

・藤戸の合戦は、元暦元年:1184年.