謡曲「花筐」(はながたみ)

11月23日/

◆<花筐 ゆかしき形見 天の川>

◆<現なれ ゆかしき形見 花筐>

・越前国味真野に応神天皇の子孫である男大迹(おおあとべ)皇子が住んでいた。

・皇子は武烈天皇より皇位を譲られ(継体天皇450?〜531?)急遽都へ旅立った。

・継体帝は使者をして当地で寵愛した照日の前に、手紙と愛用品の花筐を届けた。

・照日の前は喜び、帝の即位を祝しつつ突然の別れを悲しんで自分の里に帰った。

・大和国玉穂の都に遷都した継体帝は秋の良き日に、官人を引き連れ紅葉見物に。

・そこに照日と侍女が・・・。照日は帝への思慕が募り狂女となり都を目指していた。

・狂女照日が帝の前に飛び出す。官人が押し止め、侍女の持つ花筐を叩き落とす。

・照日はそれを咎め「君愛用の花籠を打ち落とすとは自分より狂っている」と言う。

・官人は帝の宣旨を受け照日に対し、帝の前で面白く狂って舞い遊ぶよう告げる。

・照日は喜びの舞を舞い、漢の武帝と李夫人の悲恋を物語り帝への恋心を匂わす。

帝は花籠が自分の愛用品だったと確認し、照日の狂気が止めば側に呼ぶと伝える。

・照日は帝に感激し正気に戻る。かくして二人は玉穂の都へ一緒に帰って行った。

・爾後、花筐の名を留め置き、愛しい人の愛用品を形見(かたみ)と呼ぶようになる。

・(注1)味真野は今の福井県越前市味真野町辺り。玉穂は奈良県桜井市池之内辺り。

・(注2)花筐は、はながたみ、と読む。 花籠のこと。

・(注3)男大迹は、おおあとべ、と読み、大迹部 とも書く。

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